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言葉より大事なものを子どもが教えてくれた〜小島慶子インタビュー【Part1】

TBSのアナウンサーを経て、現在はタレント、エッセイスト、作家として活躍する小島慶子さん。
私生活ではオーストラリアのパースに家族とともに移住して拠点を移し、仕事をする日本と行ったり来たりという生活をしています。
高2と中2という男の子二人を育ててきた中で、小島さんが、子どもたちから教わったモノとはいったいどんなものなのでしょうか?

TBSのアナウンサーを経て、現在はタレント、エッセイスト、作家として活躍する小島慶子さん。
私生活ではオーストラリアのパースに家族とともに移住して拠点を移し、仕事をする日本と行ったり来たりという生活をしています。
高2と中2という男の子二人を育ててきた中で、小島さんが、子どもたちから教わったモノとはいったいどんなものなのでしょうか?

言葉をもたない人たちとのコミュニケーションが辛かった

—いつも冷静で強いイメージがある小島さん。子育てで辛いと感じた経験はありますか?

もちろん、ありました。
これは子どもによって学んだ事でもあるんですが、もともと自分は言葉が全てだと思っていたところがあります。

言葉ですべてが伝えられるはずだと思っていて、言ってみれば“言葉過信”だったんでしょうね。

でも、子育てを始めると、そこに言葉を持たない人とのコミュニケーションが待っていたんです。

子どもに対しては“何もわかっていない人”という感覚よりは“非常にできないことが多い人”という捉え方をしていたんです。

たまたま谷川俊太郎さんの『ぼくはぼくだ』という詩を読んでいるときに破水して長男が生まれて、いわば“誕生の書”なんですけど、最初から“どうやらこの子はこの子らしい”つまり、すでに人格はちゃんと持っているという感覚はあって、ただ出力する能力がない。だから不便だろうなこの人も大変だろうなっていう感覚はあったんですよ。

それでも言葉をもたない人に言葉過信の人間が何かを伝えようとすると、それはそれは難しくて、一から試行錯誤して学ばなければいけなくて、それがしんどかったですね。

最初は“早くしゃべれるようになってほしい”って思ってたけど、ようやくしゃべれるようになったら理屈が通じないし、理屈が通じるようになったら今度は屁理屈をこね出すし・・・でも、それを体験する中で気づいたことがあります。

言葉が人と人を繋いでいるのではなくて、言葉以外のモノが私たちの間を満たしていて、それをやりとりするための道具として言葉があるのに過ぎなくて、多くのモノは言葉ではまかないきれなくてそこからこぼれ落ちているのです。

ただ言葉を習得すると、何がこぼれ落ちているかを知る事ができて。そのために言葉という非常に限界のある道具を使っている事がわかったという感じですね。

言葉の向こうにあったもの

—でもアナウンサーとして言葉を操ってきた小島さんだからこそ、子育てにおける言葉の選び方や声のかけ方の大切さを感じた事もあったのではないですか?

もちろん、言葉なんていらないと思った訳ではありません。むしろ言葉を受け取ってもらいたいという気持ちに飢えていたかもしれません。

でも言葉以外のモノで繋がる事ができたときに“なんだ言葉にこだわらなくても大丈夫なんだ”ということがわかった。言葉がすべてを解決してくれるわけではないし、言葉以外のモノの方が饒舌なんだと理解した。

その上で、話しかけ続けると言葉では返ってこなくても届いている事はわかるんですよね。極めて真剣になるべく相手にわかるような表現を一生懸命探していたのですが、それは、すごいトレーニングになりました。

話しかけ方にも発見はありました。最初は子どもに対して高い声で「すごいねぇ〜」という人を見て、子ども扱いしているなぁ、もっと普通に話しかければいいのにと思っていたけど、その方が伝わりやすいということに気づいたんですね。

相手に聞き取りやすい声で、相手が受け入れやすい表現をする事が親切という、極めて当たり前の事を子ども相手に学ぶことができました。

そしてそれは子どもたちに対してだけでなくて日本語が苦手な人だったり、いろいろな人たちとコミュニケーションをとる上でも大切な心構えだと感じています。

言葉のスペシャリストである小島さんが子育ての中で学んだものはとても意外なモノでした。
そして今、小島さんがこれから大人になって自立していく子どもたちに対してかける言葉について考えている事とは?それはまた次回!

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<小島慶子>
1972年、オーストラリア生まれ。1995年にアナウンサーとしてTBSに入社し、テレビ、ラジオで活躍。
2010年に退社後は、タレント、エッセイストとして活動し『女たちの和平交渉』『失敗礼賛』『解縛』『大黒柱マザー』など著作多数。
『わたしの神様』など小説も手掛けている。また、私生活では夫の退職を機に家族でオーストラリアのパースに移住し、仕事をする日本と行き来する生活を送っている。