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話しかけ続ける意味〜小島慶子インタビュー【Part2】

TBSのアナウンサーを経て、現在はタレント、エッセイストとして活躍する小島慶子さん。私生活ではオーストラリアのパースに家族とともに移住して拠点を移し、仕事をする日本と行ったり来たりという生活をしています。
男の子二人は高2と中2と思春期を迎え、これから自立していこうとしているタイミングを迎え、小島さんが親として大切にしていることとはいったいどんなことなんでしょうか?

TBSのアナウンサーを経て、現在はタレント、エッセイストとして活躍する小島慶子さん。私生活ではオーストラリアのパースに家族とともに移住して拠点を移し、仕事をする日本と行ったり来たりという生活をしています。
男の子二人は高2と中2と思春期を迎え、これから自立していこうとしているタイミングを迎え、小島さんが親として大切にしていることとはいったいどんなことなんでしょうか?

いくつになっても子どもは眼差しの中

—お子さん二人ももう大きくなったのでかなり手が離れたんじゃないですか?

もちろん以前に比べたらだいぶ楽ですが、終わったわけではないです。

先日、家族でオーストラリアのあるビーチに遊びに行った時のこと。子どもたち二人は海に入って遊んでいて、夫がそれを見ている状況だったので、私はフラッと海岸線を歩いて写真を撮ったり、ひなたぼっこをしたり自由な時間を満喫していました。

そろそろ帰ろうかと思って彼らのところに戻った時に中2の次男がこう言ったんです。

「ママと入りたかったな」って。ハッとしました。小さいときは「ママ、見て!」ってたくさん言われて、もううんざりするくらいだったけど、さすがに落ち着いてきたので、完全に油断していたんですよね。

やっぱり彼は私に見て欲しかったんだと、帰り道は大反省しました。

やっぱり誰かの眼差しの中で育つことはとても大事で、自分がここにいることを、誰かに見ていてほしいと思う気持ちは、自然なものではないかと思います。

それは大きくなっても変わらないことを知りました。だからこそ、これからも二度とない今をしっかり見逃さないようにしていこうと思っています。

息子たちが迷ったときに寄り添う言葉を残せるか?

—今、小島さんが子どもたちに伝えたい事や残したいモノはなんですか?

ある海外のドキュメント番組を観ていてふと思ったことがあります。一人の男性が荒野を歩いて知恵を絞って自力で食料を調達しながら旅を続ける番組だったんですけど、ああ、大人になるって、自立するってこういうことなんだろうなって。これから息子たちはこういうところを歩いていくんだろうなと。

孤独な時って頭の中にはきっといろいろな言葉が聞こえていると思うんです。そして、親の仕事って、多分その荒野で右に行くか左に行くか迷ったときや困った時に、ふと思い出す言葉を与えてあげることなのかなと。

その人を縛るのではなくて、その人に寄り添う形の言葉をいくつ残してあげられるのかなって思ったんですよね。

もちろん、親の言葉を座右の銘にして欲しいとかその通りにして欲しいということではなくて、言葉を通じて眼差しのようなものを感じることってあると思うんですよね。

息子たちが親のどんな言葉を思い出すのかはわかりませんけどね。え?それ?という場合もあったりするんでしょうけど、だからこそ、一緒にいるときにはたくさん話をしたいなぁと思っています。

子どもが小さいうちは、それこそ親がやるべきことも多くて、それどころではないかもしれないですが、大きくなって手が離れていくと、それはそれでまた別のことが必要になっていくのですね。
親がやること、できること、思うこと、伝えられること・・・まだまだ先は長そうだと小島さんのお話は感じさせてくれました。
小島さん、お忙しい日本滞在のタイミングでお時間をいただき、本当にありがとうございました!

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<小島慶子>
1972年、オーストラリア生まれ。1995年にアナウンサーとしてTBSに入社し、テレビ、ラジオで活躍。
2010年に退社後は、タレント、エッセイストとして活動し『女たちの和平交渉』『失敗礼賛』『解縛』『大黒柱マザー』など著作多数。
『わたしの神様』など小説も手掛けている。また、私生活では夫の退職を機に家族でオーストラリアのパースに移住し、仕事をする日本と行き来する生活を送っている。